MY COLLARS"

様々な人や場所と出会って見つけたメッセージと経験を発信

便利さについて。カフェの中で考えたこと。

便利さについて。カフェの中で考えたこと。



僕は今、落ち着く色合いのお洒落なカフェの中にいる。


東京の真ん中


高層ビルの一階にある


小さな狭い小奇麗な空間。


心を落ち着かせて、


耳を澄ませて、


目を凝らして、


あたりを観察することによって


自分のアタマで考えるということを実践してみる。


そう、“自分のアタマ”で考えるということ。



カフェの中は


人の気配と少しの話し声


新聞や本をめくる音


ジャズのBGM


店員さんの接客用語


グラスやお皿が触れ合う音


機械みたいな音


多様な音とモノの存在で満ちている。


右隣に座るおじいさんは


このお店で一押しされていたランチセットをお食事中。


左隣にいるかわいいボブカットの女の人は


紙コップに入れられたカフェラテを片手に


スマホを器用な指先で操作する。


僕たちは隣と隣にいるのに


他人で見知らぬ人であるから当然話をすることもない。



正面は外が丸見えのガラス窓になっていて、


忙しく、足早に移動していく人々が移り変わる風景。


外を歩く人は


僕がいるカフェの中を見ようとする暇も興味もない。




いつから窓の外や壁を見つめて


一人きりで食事をすることが当たり前の光景になったのだろう。


それとも都会ではずっと昔からこうだったのだろうか。




少し遠くに見える牛丼のチェーン店は


スーツ姿のサラリーマンたちが、


立ちながら肉と飯を一気に胃の中に流し込んでいる。


座る暇も作らせない、細長い三回建てのお店の表情は冷めている。



次々へと入れ替わる人、人、人。



もし僕が隣にいるおじいさんや女の子に


「今日はいいお天気ですね」なんて言ったら、仰天されるだろうか。


だけど話しかけてみようとする勇気も気力も起こってこない。


手間である、と感じる。


ここではみんな一人でいたいんだ。




便利になった世の中は


人と人との普通のふれあいを


どんどんと奪っていった。


街では、「出会い系イベント」や


無理にでも人が結びつこうとする場が


ビジネスによって大量に作られるようになった。


アプリというものが出会いを作る最も手っ取り早い手段となり、


ケータイの中では見知らぬ人と抵抗が少なく連絡できるようになった。


実際のリアルな場では


僕たちは見知らぬ人と話をしようとすら考えないのに


一人でいようとしたいのに



あれれ、なんだか変だぞ?


このカフェにだって、牛丼屋にだって


出会いは溢れているのに


理由がないから接続はしない。



「コミュニケーション能力」


「人と人が出会う場」


「居場所」



そんな言葉がお金や利益と引き換えになる時代だ。


すぐ隣に話し相手はいるのに


僕らは隣に座る相手に話しかけることすらできない。


人が集まる場をつくろうとする会社や大人が増えて


機械はますます切り離せないものとなり



一夜限りのイベント


シーズンをお祝いするイベント


おひとり様という言葉を押し出すイベント


知らない人同士を結び付けるイベント



そういうものを毎日見かけるようになった。


人との出会いは自然の流れに逆らって


頭のいい人たちがつくりだすシステムの中で


取り行われることが一般化してきた。


そうとは気づかず


「出会い」という言葉


「人とのつながり」という言葉に


流され、流されるままに辿り着く人々。


お金を払ってでも人は集まりやってくる。


素敵な出会いに期待して。


寂しい都会の風を温め合うようにして。


それだけ、誰かと過ごす時間には価値がある。


相手がいるということに敵う幸せはない。


だけど、孤独なもの同士の目的なき出会いになってしまえば


そこには異様な空気が流れることもある。



偶然は必然のことであるとは思うが


無理に繋がろうとして出会うことは


ビジネスの中に取り込まれていくことは


やはり続かないし切れていくということにも薄々気が付いてきた。



いまここ東京に集まっている人は


東京で生まれたのではない人ばかり。


愛する家族や友人、故郷と離れ離れになり


憧れと期待を持ってやってきた人々が集合している。


何かを掴もうと


夢を叶えようと。


期待と輝きの色を持って。


それなのにこの町が灰色に見えてしまうのはどうしてなんだろう。


空気が不味く、アパートの水は安心して飲むことができない。


見栄や維持やプライドやエゴの寄せ集めに感じてしまうこともある。


みんなが急いでいて


足を止めれば罰せられるようで


人にぶつかっては舌打ちをする



目の前で話をしてくれた


優秀に忙しく働く大人は


綺麗な表情で口を器用に動かし


僕の言葉をパソコンに打ち込みながら聞いてくれた。


目の前にいる僕という存在をパソコンの中にデータ化していく。


「コミュニケーション力と人間力が大切」という言葉は


空虚で独り歩きをしている。


今あなたの目の前にいる相手は


データなのか、情報なのか。


彼や彼女は人なのか、機械なのか。



自分のところに


組織の所に


富が集まるよう、人気が集まるよう


どうすればいいのか


毎日毎日、来る日も来る日も必死で頭をひねらし続ける。


若いうちは奴隷になれ


若いうちは失敗しろ


若いうちからいい職に就け


色々な言葉が若者に浴びせられる。


元気がよく素直でまっすぐ、純粋な心を持った僕の友人は


会社の奴隷になり


自分を責め続け


電車の中へと飛び込んだ。


だけどそんなニュースも珍しくなくなり


世間は一時的に悲観してくれるが


次の日には自分の忙しい生活へと戻されていく。



僕が注文したパスタがやって来た。


家でチンするのとあまり変わらないカフェのパスタ。


それでもここに居れば、こんなふうに


注文してそれを食べたくなる。


バイトの学生は仕方なしに僕にそれを与えるような表情。



いつの間にか左隣にいたかわいい女の人はいなくなり、


マックブックを開く外国人に変わっていた。


次々と知らない人と出会う。


だけれど、出会う人の中で話せる人はごくわずか。


そして、関われる人はそのわずかの中のわずかでしかないんだ。



ここに優しさがないというわけではない。


ここにも優しさはたくさんある。


定期を落として追いかけて届けてくれた人がいた


商品を買って心からの笑顔でお礼を言ってくれた人がいた


お年寄りの荷物を持って階段を上っていく人がいた


優しさだってたくさん溢れているんだ。


だけれども大きな傘の下に入ると人は変わってしまう。


個人の一人きりの力は優しくもろいものだけれど


組織の大きな力は強く逆らことができないものだ。


異物は削除される。


社会という大きな大きな灰色の空気が人を変えていく。


こんなに狭い都市だから、人間の汚い部分が集まり、塊になり


壊すことが困難になってしまった。



お支払いは電子マネーで


レシートは当店のアプリから確認できます


機械が全てをパーフェクトにしてくれる



カフェには次々と新しい人がやってくるから


なんとなく出ていかないといけなくなる。



やっぱり誰とも話さなかった。



便利で簡単


お金とケータイがあれば


必要なものが手に入る。


手間はかけなくていい、その必要はない


手間はどうしたら少なくできるのか


そんなことを追求し続けて


出来上がってきているツルリとした世の中。


またここを出ていけば、


次から次へと色々なものにもみくちゃにされ


僕は自分のアタマで考えるという時間を


奪われてしまうのかもしれない。

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